寻找少年村上春树之1–阪神少年

阪神間キッズ
 村上春樹の阪神間(西宮・芦屋)の記憶の集積が、彼の重要な資産として多くの作品の中に、隠し絵のように散りばめられていることは、同じ時期に、同じ場所で、同じ空気を吸っていたものだけにしかわからないことかも知れない。 このホームページは、彼と同時代に、この地で過ごした元阪神間少年達によって作られたものである。彼の作品の多くには、阪神間 特に西宮、芦屋の情景が多く描かれているが、その場所が具体的にどこということが書かれるケースは少ない。最新作の1Q84のように、”西宮のヨットハーバー”などと書かれていることは滅多にない。その他の場合は、どことは書いていないので、推測でしかないが、このHPで述べる状況証拠からして、これらが、彼が育った、西宮なり芦屋の風景であることは、間違いがないと阪神間キッズは信じている。
       
 (辺境・近境)
僕は戸籍上は京都の生まれだが、すぐに兵庫県西宮市の夙川というところに移り、まもなくとなりの芦屋市に引っ越し、十代の大半をここで送った。高校は神戸の山の手にあったので、したがって遊びにいくのは当然神戸のダウンタウン、三宮あたりということになる。そのようにしてひとりの典型的な「阪神間少年」ができあがる。・・・・
当時の阪神間は-もちろん今でもそうなのかもしれないけれど-少年期から青年期を送るには、なかなか気持ちのよい場所だった。静かでのんびりとしていて、どことなく自由な雰囲気があり、山や海といった自然にも恵まれ、すぐ近くに大きな都会もあった。コンサートに出かけたり、古本屋で安いペーパーバックスを漁ったり、ジャズ喫茶に入り浸ったり、アートシアターではヌーヴェルヴァーグの映画を見ることができた。洋服といえばもちろんVANジャケットだった。・・・・
実家はずっと芦屋市にあったが、95年の阪神大震災でほとんど居住不能になって、両親はそのあとすぐ京都に越した、というわけで、僕と阪神間を結びつける絆は、今では―記憶の集積(僕の重要な資産)の他には―もはや存在しない。

 

村上春树在《边境·近境》一书中写道:“我在户籍上生于京都,但很快就搬到了西宫市一个叫夙川的地方。然后很快又搬到了旁边的芦屋市,十几岁的大部分时间都是在那里度过的。高中在神户的山手,所以去玩的地方当然是神户的市中心,比如像三宫一带。就这样,我变成了一个典型的阪神少年。我从少年一直到青年都在这里度过,的确是一个很舒服的场所。安静与悠闲,哪里都有自由,有山有海,享受大自然的恩惠,而且近处还有很大的都市。”

阪神間(西宮芦屋)とは・・?
(2005年8月5日読売新聞)
南北7キロに及ぶ夙川の清流。河川敷の桜並木や野鳥のさえずりが四季の変化を伝え、〈都会のオアシス〉のような空間だ。西宮市に生まれ育ち、小学校から高校まで、この景色を眺めながら通った。
阪急神戸線が開通したのが1920年(大正9年)。夙川を中心に閑静な住宅街として広がり、谷崎潤一郎や井上靖、遠藤周作といった著名な文化人が住み、社交の場として栄えた。阪神間のモダニズムを集約した街であり、18世紀のヨーロッパ的な雰囲気が漂っていた。
日本人の暮らしには、よそゆきの「ハレ」と、日常の「ケ」がある。この街の人々は「ケ」の中に「ハレ」の要素をうまく取り込んだ。例えば、自宅の一角に小さな美術館やサロンをつくったり、教会で演奏されるバロック音楽に耳を傾けたり。ゆとりがあったからだろうが、日々の生活の延長線上で文化を楽しんでいた。
そして、今は知らない人も多いが、住宅街である甲陽園周辺は、大正から昭和初期にかけて歓楽街として栄えた。劇場や旅館、映画の撮影所まであり、芸術と娯楽の場として、多くの人でにぎわった。
80年代以降、苦楽園口を中心に若者向けの店が増えてきた。これからは街のイメージを壊さず、付加価値をつけることが大切。新しい生活産業の芽が育ってほしい。
(河内厚郎)
白砂青松 静かな余白がはぐくんだもの
(2009年12月4日 毎日新聞 WELCOME TO HARUKI’S WORLD)1970年代の終わりに村上春樹氏が登場したときの静かな衝撃は、今も鮮明に記憶している。若者たちの反乱が去ったあとの「凪の風景」をあざやかに捉えて、それは新たな文学の到来を予感させた。
今や「世界のムラカミ」となった彼の古くからの愛読者には、デビュー当時の作品がたまらなく懐かしいのではなかろうか。なかでも阪神間に育った読者は、『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』に酒蔵やヨットハーバーが出てくることから、ムラカミ文学の原風景が何処なのか、ピンときたはずである。思い当たる場所が身近に多かったからだ。そんな一人、芦屋市の中学OBとして彼の後輩に当たる、映画監督の大森一樹氏は地元の風景をふんだんに使って『風の歌を聴け』を映画化している。

村上春樹氏が育った阪神沿線の香櫨園から打出にかけては、谷崎潤一郎の『卍』『猫と庄造と二人のをんな』、井上靖の『あした来る人』、織田作之助の『六白金星』野坂昭如の『火垂の墓』、宮本輝の『錦繍』など、多くの小説の舞台となってきた。井上靖は「主人公を登場させる際、つい香櫨園の夙川沿いの道を設定してしまう」と述懐しているが、作家たちを惹きつけるその魅力とは何だろう。

大阪・神戸という繁華な両都会にはさまれながら、ここには松林と白砂の中で静かにたたずむ日溜りがある。そんな「余白」に惹かれてやってきた建築家も少なくない。この落ち着いた住宅街で育った若者たち(村上流に言うなら「阪神間少年」)は、博覧会やテーマパークよりも、日常のうちにハレの余韻が漂うような感触を好む。生活空間にモダニズムを蓄積してきた市民風土の成せる業であろう。量より質を求める「抑制されたモダニズム」が、拡散より内面へと心の目を向かわせるようになった、そんな土地柄かもしれない。

高度成長期からこの方、いっこうに繁殖をやめぬモノの大群に取り囲まれながら、その一つ一つのモノたちと過不足なく付き合おうと努める彼の頑固さに、われわれは少しずつ説得されてきた。そして、モノと親しく語らいながら、モノにこびりついた過剰な意味を丹念に削ぎ落としてきた彼が、静かな声でモノガタリを紡ぎ始めたとき、それは近代を超える神話的な構造を提示して、世界の心を捉えたのである。
(河内厚郎)

 


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