寻找少年村上春树之3–夙川

夙川
夙川の流れに沿って
 夙川は大阪と神戸という大都市近郊(それぞれ電車で15分)にありながら、南北7キロに及ぶ清流。河川敷の桜並木や野鳥のさえずりが四季の変化を伝え、〈都会のオアシス〉のような空間で、村上春樹と阪神間を結びつける絆 -記憶の集積(彼の重要な資産)に- なっていると思われる。
桜博士として有名な笹部新太郎氏の管理・指導により植えられた夙川の桜は日本のさくらの名所100選の一つに選ばれている。

(辺境・近境)
僕と阪神間を結びつける絆 今では -記憶の集積(僕の重要な資産)の他には- もはや存在しない。

正面は甲山
桜の季節
河口に至る
夙川オアシスロード
 村上春樹が中学生の時、生物の教科書を忘れて昼休みに家に取りに帰った時のこと。彼が通っていた精道中学校は、芦屋市の学校であり、当時、彼は、西宮の夙川の東側に住んでいたので、学校にもどるときは、夙川の東側から西側にこの橋を渡ったことになる。中学校は芦屋市の精道中学校であるが、家は西宮市の浜脇中学校の校区にあった。

(ランゲルハンス島の午後)
まるで心がゆるんで溶けてしまいそうなくらい気持ちのよい、1961年の春の日の午後、川岸の芝生に寝ころんで空を眺めていた。川底の柔らかい砂地を撫でるように流れていく水音を聞きながら、僕はそっと手をのばして、あの神秘的なランゲルハンス島の岸辺にふれた。

  
  
夙川 葭原(あしわら)橋
 この橋は、夙川の河口から二つ目の橋で、渡れるのは、人とペットだけである。橋の名前は、漢字では「葭原橋」ひらかなでは「あしはらばし」となっている。近くにある町名(上葭原町、下葭原町)から類推すると、「よしはらばし」となる。
何年か前の高校の現代国語の教科書にランゲルハンス島の午後が掲載されていたとのことであるが、この橋が良く見える、すぐ南側の臨港線という道をまっすぐ東に行くと高校野球のメッカ阪神甲子園球場がある。この橋の近くの夙川オアシスロードや夙川の河口の西岸にある回生病院にもキョウチクトウの木がいまでも茂っている。

(ランゲルハンス島の午後)
僕の家と学校の間には、川が一本流れている。それほど深くない、水の綺麗な川で、そこに趣のある古い石の橋がかかっている。バイクも通れないような狭い橋である。まわりは公園になっていて、キョウチクトウが目かくしのように並んで茂っている。

  
  
 


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