www.cunshang.net收集整理 最终更新日:2004年7月19日

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●《村上春树の世界》芦屋を歩く

  初版02/04/20
  二版04/07/19 「猿の槛のある公园」の写真を追加 
<V01L01>

 今回は村上春树が中学生时代を过ごした兵库県芦屋市の阪神芦屋駅から打出駅の间を歩いてみたいと思います。

【阪神间の地図】←クリックすると地図がでます。

haruki-ashiya16w.jpg<芦屋川>
 芦屋について村上春树は「村上朝日堂の逆袭」で书いています。「仆が生まれた场所は一応京都だけどすぐに兵库県西宫市夙川というところに移り、それから同じ兵库県芦屋市に移っている。だからどこの出身かというのは明确ではないのだが、十代を芦屋で送り、両亲の家もここにあるのでいちおう芦屋市出身ということになっている。……もっとも「芦屋」とはいっても仆が育ったのは今话题沸腾のお嬢様ブーム风の芦屋ではなくて、「ごくフツーの人地区」 の芦屋だから、どうも素直に「出身は芦屋です」と言えない部分がある。なんとなく耻ずかしいような気がする。仆の家のあたりなんて诱拐されそうになって大声を出したらどっと人が ― とは言わないまでも、四、五人くらいは人が出てきそうなごくあたり前の住宅街である。」村上春树が中学、高校と过ごしたところは芦屋といっても阪神电车の近くの下町の方です。芦屋市は山手から阪急神戸线、JR东海道线、阪神本线と3本の电车が走っており、JRから山手が高级住宅街の雰囲気、超高级は阪急から上手になります。阪神电铁から海寄りは下町の雰囲気になっています。また芦屋川は天井川で、JR东海道线(神戸までは东海道线なのだ)は芦屋川の下を走っています。芦屋川については「…高校时代、よく芦屋川のあたりを女の子とデートしたものです。闇にまぎれてけっこうエッチなこともしました・・・というようなことを著者が言っていてはいけないですね。…」 ……?。

左上の写真は芦屋川です。芦屋の象征的な雰囲気のある川で、桜の季节だったので川縁を多くの人が歩いていました。远くの桥の上に见えるのが阪急芦屋川駅です。


和  暦

西暦

年    表

年齢

村上春树の芦屋を歩く

作  品

昭和36年 1961   12 4月 精道中学校入学
芦屋市打出西蔵町に転居
 
昭和39年 1964   15 4月 兵库県立神戸高校入学  

haruki-ashiya17w.jpg阪神芦屋駅>
 村上春树は「辺境・近境」ではほとんど芦屋について书いていません。「小さな川を越えて芦屋市に入る。かつて通っていた中学校の前を通り过ぎ、かつて住んでいた家の前を通り、阪神芦屋駅まで歩く。駅のポスターを见ると、日曜日(今日だ)の二时から甲子园球场で「阪神・ヤクルト」のデーゲームがおこなわれるとある。それを见ていると急に甲子园球场に行きたくなってきた。」とあり、この日は结局、阪神芦屋駅からそのまま甲子园球场に行ってしまいます。翌日は阪急芦屋川駅から歩いているのでなにも书かれていません。芦屋について书いているのを探してみると「梦のサーフシティー」と「スルメジャコフ対织田信长家臣団」のなかにでてきます。「1.在原业平 2.村上春树というのはすごい组み合わせですね。たしかに三人とも芦屋市に住んでいたんだ。あとのお二人がお墓の中で身もだえしていなければいいんですが。」とか「仆がいたころの芦屋には、店なんてものはほとんどなかったような気がします。やっとあったのが、「アンリ・シャルパンティエ」くらいですね(まだありますが)。」とかで、「アンリ・シャルパンティエ」については回答の形で再度书いています。「本店は兵库県芦屋市にありまして、昔は(というと30年くらい前です)ベイクト・アラスカなんてここでしか食べられませんでした。よくデートした女の子とここに行ったなというささやかな个人的思い出があります。ほんとうにささやかなんですが。地震のあとで行ってみたらまだちゃんとやっていて嬉しかった。その近くにある书店、芦屋宝盛馆で仆はいつも本を买っていました。昔はあそこくらいしかちゃんとした书店はなかったんですよね。今では駅前にいろいろとビルなんかもできたみたいだけど、昔は芦屋というとほんとにのんびりした、なんにもないふつうの住宅地だったんです。今久しぶりに帰ってみると、何がなんだかまったく地理がわからないくらいです。もちろん地震でいろんなものががらっと変わっちゃったということもあるのだけれど。」と书いています。谷崎润一郎の芦屋については别に特集していていますのでそちらを见てください。「アンリ・シャルパンティエ」は阪神芦屋駅の近くに本店があります。村上春树が食べた「ベイクト・アラスカ」はもうありませんでした。お店の方に闻きましたら作る手间がかかるので10年前に止めてしまったそうです。どんなお菓子かというと、アイスクリームにメレンゲの焼いたもので覆った上からブランデーをかけて火をつけて出していたそうです。ブランデーの加减が难しかったそうです(私も食べるチャンスがあったのに残念です!)。东京でも大手の百货店に出店していますのでお菓子を食べられます。お店の场所はホームページを参照して探してください。

左上の写真が阪神芦屋駅です。駅のホームは芦屋川の上にあってなかなか眺めの良いプラットポームです。上记に书かれている芦屋宝盛馆は写真の右侧(写っていない)辺りです。


haruki-ashiya12w.jpg精道中学校>
 村上春树は「村上朝日堂はいかにして锻えられたか」のなかで自身が通ったこの中学校のことを书いています。「中学校のときには先生によく殴られた。小学校のときに先生に殴られた记忆はないし、高校のときに殴られた覚えもない。でもどういうわけか、中学校のときにはしょつちゅう殴られていた。……仆の通っていたのは兵库県芦屋市にある普通の公立中学校で、决して荒っぼい环境ではなかった。……。今でも思いだすとやはり不快だし、头にくる。……考えてみれば、そこで教师たちに日常的に殴られたことによって、仆の人生はけっこう大きく変化させられてしまったような気がする。仆はそれ以来、教师や学校に対して亲しみよりはむしろ、恐怖や嫌悪感の方を强く抱くようになった。」とあります。村上春树は学校の名前を书いていませんので、ここで私が书いてしまうとまずいような気がするのですが、村上春树が通った中学校としては有名と思いますので书かせてもらいました。私の感覚としても中学で殴られたような思い出があります(村上春树と同じく小学校と高校では殴られなった)。中学校ってなんなんでしょうか。

右上の写真が现在の精道中学校です。住宅街のなかにある、ごく普通の公立の中学校でした。

haruki-ashiya11w.jpg西蔵町の住居迹>
 精道中学校に入学したころに夙川の东侧から芦屋市西蔵町に転居しています。つまり村上春树が中学から高校までここから通います。地震の前まではご両亲がここに住まわれていたようですが、地震后は京都に転居されています。「辺境・近境」では「実家はずっと芦屋市にあったが、九五年一月の阪神大震灾でほとんど居住不可能になって、両亲はそのあとすぐ京都に越した。」と书かれています。夙川の东侧の住いと同じく、井上义夫の「村上春树と日本の记忆」ではこの住いの住所を记载しています(旧住居表示ですが)。西蔵町住いのヒントはこの本しかありませんでした。芦屋市への転居は、恐らく同市市立精道中学校への入学と时期を同じくしてゐる。芦屋市打出西蔵町〇〇の新居は、当时の海岸线まで直线距离にして二百米余りで、宫川の东百米の位置にあつた。(但しいづれの家屋も现存せず、现在の番地表示も往时とは违つてゐる。)」とあります。また大学时代に帰京すると「学生时代の村上春树は、「东京から帰省すると、コートも脱がずにピアノを弾いて」ゐたと近亲者は回想する」(TOUCH1988年11月8日号)」ともあります。

左上の写真の右侧付近が西蔵町时代の住いの辺りです。新住所もわかりましたが、住所は伏せさせて顶きます。

haruki-ashiya13w.jpg打出図书馆>
 この古风な建筑物は松山与兵卫氏の住宅で明治时代后期の逸见银行の建物を昭和5年(1930年)に大阪から移筑されたようです。村上春树はこの図书馆について「スルメジャコフ対织田信长家臣団」で书いています。「こんにちは。アメリカの図书馆って、昔からの古い建物を使っているものが多いので、かなり迫力のあるものが多いように思います。「セブン」の図书馆、当たり前の世界です。仆が好きな図书馆のシーンは、映画『ティファニーで朝食を』で、オードリー・ヘップバーンとジョージ・ペパードがNY市立図书馆に行くところです。NY市立図书馆は一日いても饱きません。いちばん个人的に好きだったのは、昔の芦屋市立図书馆です。」。昔の芦屋図书馆がこの打出の図书馆です。なかなか洒落た建物で村上春树は好きでよく通っていたようですね。NY私立図书馆にも行ってみたいと思います。何时になるかわかりませんが写真を撮っ てきますね!
 
右の写真が芦屋市立図书馆打出分室です。伊势町に现在の図书馆が新筑オープンするまで、ここが芦屋市立図书馆でした。

猿の槛のある公园> 04/07/19追加
 この「猿の槛のある公园」は「风の歌を聴け」のなかで、二度ほど登场します。「…とにかく仆たちは泥酔して、おまけに速度计の针は80キロを指していた。そんなわけで、仆たちが景気よく公园の垣根を突き破り、つつじの植込みを踏み倒し、石柱に思い切り车をぶっつけた上に怪我ひとつ无かったというのは、まさに侥幸というより他なかった。 仆がショックから醒め、壊れたドアを蹴とばして外に出ると、フィアットのボンネット・カバーは10メートルばかり先の猿の槛の前にまで吹き飞び、车の鼻先はちょうど石柱の形にへこんで、突然眠りから叩き起こされた猿たちはひどく腹を立てていた。…」。で车でぶつけてしまっています。二回目に登场する场面は有名です。「…仆は街の中をゆっくりと车で回ってみた。海から山に向かって伸びた惨めなほど细长い街だ。川とテニス・コート、ゴルフ・コース、ずらりと并んだ広い屋敷、壁そして壁、几つかの小椅丽なレストラン、ブティック、古い図书馆、月见草の繁った野原、猿の槛のある公园、街はいつも同じだった。…」、と登场しています。古い図书馆とは上记の打出図书馆のことです。また、”海から山に向かって伸びた惨めなほど细长い街だ。川とテニス・コート”までは分かるのですが、”ゴルフ・コース”は分かりませんね。町の中にゴルフ・コースはありませんね!
 
左の写真が公园の猿の槛です。残念ながらお猿のジローは平成15年2月に亡くなっています。今は槛だけがあります。この公园は打出図书馆の海侧にあります。少年カフカの中にも登场しています。「こんにちは。甲村図书馆はあくまで甲村図书馆であり、モデルはありません。あくまで仆の头の中で作り上げられたものです。しかし芦屋打出図书馆が存亡の危机にあるんですね。それは残念なことです。仆も昔よく利用しました。前の公园に猿の槛があって、そのことはたしか『风の歌を聴け』という小说にちょっと书きました。もう猿はいないと思うけど、図书馆は存続してほしいものです。反対运动、出て当然でしょうね。」、猿がいないことをよく知っていますね。

次回は阪急芦屋川駅から神戸までを歩いてみたいと思います。


兵库県芦屋市付近地図
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【お店の住所】
・アンリ・シャルパンティエ:兵库県芦屋市公光町7-10-101 电话0797-31-2753 ホームページ

【参考文献】
・风の歌を聴け:村上春树、讲谈社文库
・1973年のピンボール:村上春树、讲谈社文库
・羊をめぐる冒険(上、下):村上春树、讲谈社文库
・世界の终わりとハードボイルド・ワンダーランド(上、下):村上春树、新潮文库
・ダンス・ダンス・ダンス:村上春树、讲谈社文库
・ノルウェイの森(上、下):村上春树、讲谈社文库
・さらば国分寺书店のオババ:椎名诚、新潮文库
・村上朝日堂:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂の逆袭:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂はいかにして锻えられたか:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂 はいほー!:村上春树、新潮文库
・辺境・近境:村上春树、新潮文库
・梦のサーフシティー(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・スメルジャコフ対织田信长家臣団(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・村上春树スタディーズ(01-05):栗坪良树、拓植光彦、若草书房
・イエローページ 村上春树:加藤典洋、荒地出版
・イアン・ブマルの日本探访:イアン・ブルマ(石井信平訳)、TBSブリタニカ
・村上春树の世界(东京偏1968-1997):ゼスト
・村上春树を歩く:浦澄彬、彩流社
・村上春树と日本の「记忆」:井上义夫、新潮社
・象が平原に还った日:久居つばき、新潮社
・ねじまき鸟の探し方:久居つばき、太田出版
・ノンフィクションと华丽な虚伪:久居つばき、マガジンハウス
・ユリイカ 総特集 村上春树を読む:青土社