www.cunshang.net收集整理 最终更新日:2003年12月27日

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●《村上春树の世界》习志野 鹄沼海岸を歩く 2002年5月25日 V01L02

 少し回り道をしていましたが、今周から”村上春树の世界”にふただび戻ります。村上春树は昭和56年、千駄ヶ谷の「ピーター・キャット」を友人に譲り、小说一本でやっていく决心をして千叶の习志野に転居します。


<村上春树のエイリアスさん>
 鹄沼海岸に引っ越したのはどうもサーファーになりたかったからみたいです。「村上朝日堂 梦のサーフシティー」の中に「こんにちは。ロングボードはいつも悩みのたねになりますね。仆は藤沢に住んでいるころは、自転车でしこしこと运んでいましたが、风が吹くとふらふら揺れて怖かったです。どうしようもなくて、人にゆずっちゃったけど」と书いています。134号线を超えた湘南海岸公园の辺りはサーファーのメッカですが、自転车にボードを载せてくる人で海辺は自転车だらけです。

左上の写真が自転车にサーフボードを载せて走っている様子です。自転车にはサーフボード用取付金具を付けます。サ ーフボードは结构重たいので惯れないと大変だと思います。写真は村上春树のエイリアスさん(村上春树风に言うと!)なのですが(よく似ていませんか!)、ご本人の了承を得ずに掲载させて戴きました、御免なさい。

和  暦

西暦

年    表

年齢

村上春树、习志野 鹄沼海岸を歩く

作  品

昭和56年 1981   32 千叶県船桥市に転居 「梦で会いましょう」他
昭和57年 1982   33 「羊をめぐる冒険」で第4回野间文芸新人奨励赏を受赏  
昭和59年 1984   35 神奈川県藤沢市に転居 「蛍・纳屋を焼く」他
昭和60年 1985   36 渋谷区千駄ヶ谷に転居
「世界の终わりとハードボイルド・ワンダーランド」で第21回谷崎润一郎赏を受赏
 

<习志野 旧宅迹>
 千駄ヶ谷から习志野の一轩家に移ります。当时のことを「村上朝日堂 はいほー」では「……仆の家は国电の津田沼の駅からタクシーでおおよそ千二百円くらいの距离にあった。本来なら私铁に乗り换えたり、バスに乗ったりするのだが、これがけっこう面倒なので、だいたいタクシーに乗ることになった。……あれこれと客の素性を知りたがるのも千叶のタクシーの运転手の性癖であった。何しろ诠索好きなのである。「お客さん、商売何してんの?」とか、そういうことをよく讯かれた。仆はその顷もう三十五になっていたが、大学の正门のすぐ近くに住んでいたので、しばしば学生と间远われた。……そういう话を女房にしたら、「あら、そんなのまだいいわよ。若く见られてるんだから。私なんかこのあいだは大学の先生に间违われたんだから」ということであった。」と书いています。上记に书かれている大学とは、日本大学理工学部です。当时はタクシー以外では津田沼から新京成电铁で北习志野駅まで行き、そこからバスで日本大学理工学部の正门まで乗ればよかったと思います。现在は东叶高速铁道ができて、船桥日大前駅で降りれば、日本大学理工学部の构内を歩いて15分位だと思います。

左上の写真の场所に村上春树の旧宅がありました。现在はアパートになってしまっています。昭和56年に転居していますので、19年前になります。たぶん当时の面影としては写真に写っている炼瓦の壁だけではないかと思います。また近くに自卫队の驻屯地があったようで「仆は以前四年近くこの习志野驻屯地のわきに住んでいたので、落下伞训练もよく见ている。…机に向かって书きものをしていてふと目を上げると、窓の外に无数の白い落下伞が开いているのが见えたりした。…それから野戦服を着て自动小铳を持った部队がさっさっと家の前を走っていくこともあった。」とも书いており、场所探しの参考になりました。(现在は个人のお宅のため住所等は控えさせて顶きます)

【习志野地図】←クリックすると地図がでます。


<鹄沼海岸 旧宅(推定)>
 习志野の次に移り住んだ鹄沼海岸については、村上朝日堂シリーズの本にもほとんど书かれておりませんでした。居住地については推测の域を出ておりませんが、少しヅヅ书かれた文书をつなぎ合わせて検讨した结果です。まず「村上朝日堂はいかにして锻えられたか」では「…そのころ仆は藤沢の鹄沼の借家に住んでいて、水丸さんのお嬢さんはまだ中学校にあがったばかりだった。……仆はその当时、毎朝家から江ノ岛までジョギングしていたのだけれど…」とあります。「梦のサーフシティー」のホームページでは「…仆は一时期、藤沢の鹄沼に住んでいましたが、夏はむちゃくちゃ车が混む…」、また「こんにちは。仆は藤沢市鹄沼に一年间住んでいたことがあります。サーフボード抱えて海岸に通ってましたが、あまりうまくならなかったです。『世界の终りとハードボイルド・ワンダーランド』は藤沢で书きました。」。とも书かれています。これらから住所は藤沢市鹄沼海岸であろうと推测しました。あとは住宅地図で探しました。フルネームでの记载はなかったのですが、住宅地図では记载されていましたので、ここしかないと思っております。间违えていたら御免なさい。

右上の写真が推定「村上春树の鹄沼海岸旧宅」です。上记に借家とありましたが、二轩続きのアパート(借家)です。たぶん右侧に住んでいたのでは ないかと思っています。里には広い庭があり、车も停められてなかなかいいアパートでした。(个人の住宅のため 住所は控えさせて戴きます)

【鹄沼海岸地図】←クリックすると地図がでます。

<ホノルル食堂(鹄沼海岸)>
 村上春树は「村上朝日堂 スメルジャコフ対织田信长家臣団」のホームページなかで鹄沼海岸のホノルル食堂のことを书いています。「こんにちは。9月10日まで休むホノルル食堂はとても优雅ですね。海辺のホノルル食堂の「お刺身ご饭」は安くておいしいので、お勧めです。昼间からのんびりとビールも饮めます。グラスにはほんのりと鱼の匂いもついています。なかなかハングルーズでいいところですよ。サーファーがここでよく昼御饭を食べています。家が远くなったので、残念ながら最近は行っておりませんが。」。小さなお店で、気がつかないと通りすぎてしまいます。134号线沿いで周りにはデニーズやスカイラークがひしめいており、竞争は大変だと思いますが、なかなかいいお店のようです。断念ながら私が行った时には开店していませんでした。今度いった时はぜひとも食べた~い!。

左上の写真が「ホノルル食堂」です。村上春树推荐ということで私のイメージしていた「ホノルル食堂」とはほど远い感じで、最初は分からなくて大変でした。见た目もメニューも町の大众食堂ですね(味は一流かな?)。

<藤沢駅のお店>
 村上春树は村上朝日堂や「村上朝日堂 スメルジャコフ対织田信长家臣団」等では藤沢市のお店や映画馆を绍介しています。「…藤沢駅の南口にある鳗屋さんはまだ元気にやっているでしょうか」、「…このあいだ藤沢に行って、ひさしぶりに南口のうなぎ屋さんでうなぎを食べました。おいしかった。…」、「…だからみゆき座にもよく行きました。あそこって冬になると石油ストーブで暖房していたんだよね。変な映画馆でした。フンイキはありましたが。…」等で、藤沢駅の南口の鳗屋さんは、OPA里手の「はま吉」さんではないかと思います。駅前の交番で闻いたのですが、駅前のビルに入っている鳗屋以外ではここしか无いとのことです。映画馆の「みゆき座」はもう无くなったのではないかと思います。(何方か教えてください)

右上の写真が「はま吉」さんです。おばさんが顽张ってやっているお店です。

【鹄沼海岸地図】←クリックすると地図がでます。

 次回は大矶での村上春树を绍介します。
 

【お店の住所】

・ホノルル食堂:神奈川県藤沢市片瀬海岸3-24-25 0466-24-3223
・はま吉:神奈川県藤沢市南藤沢23-4-103三爱ビル1阶 0466-26-2030

【参考文献】
・风の歌を聴け:村上春树、讲谈社文库
・1973年のピンボール:村上春树、讲谈社文库
・羊をめぐる冒険(上、下):村上春树、讲谈社文库
・世界の终わりとハードボイルド・ワンダーランド(上、下):村上春树、新潮文库
・ダンス・ダンス・ダンス:村上春树、讲谈社文库
・ノルウェイの森(上、下):村上春树、讲谈社文库
・さらば国分寺书店のオババ:椎名诚、新潮文库
・村上朝日堂:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂の逆袭:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂はいかにして锻えられたか:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂 はいほー!:村上春树、新潮文库
・辺境・近境:村上春树、新潮文库
・梦のサーフシティー(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・スメルジャコフ対织田信长家臣団(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・村上春树スタディーズ(01-05):栗坪良树、拓植光彦、若草书房
・イエローページ 村上春树:加藤典洋、荒地出版
・イアン・ブマルの日本探访:イアン・ブルマ(石井信平訳)、TBSブリタニカ
・村上春树の世界(东京偏1968-1997):ゼスト
・村上春树を歩く:浦澄彬、彩流社
・村上春树と日本の「记忆」:井上义夫、新潮社
・象が平原に还った日:久居つばき、新潮社
・ねじまき鸟の探し方:久居つばき、太田出版
・ノンフィクションと华丽な虚伪:久居つばき、マガジンハウス
・ユリイカ 総特集 村上春树を読む:青土社
・B级BANANA:吉本ばなな、角川文库