www.cunshang.net收集整理 最终更新日:2003年12月27日

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●《村上春树の世界》千駄ヶ谷を歩く
  初版02/4/6 二版03/8/4 <V01L02>(ピーターキャットの提灯の写真を追加)
 今周から村上春树の世界を歩いてみたいと思います。村上春树は现役の作家であり、评论や解说のたぐいの本はたくさん(山のように)出版されていますが、彼自身の分析本は全くと言っていいほど出版されていません。それと彼自身及び、彼の家族、友达に关する情报もほとんどありません。谷崎润一郎をみていると失礼ですが亡くなられてから、松子夫人、弟の谷崎精二、友人の津岛寿一等が书いていますので、现役の时代に身近な方から详细の情报を得るのは不可能です。そこで村上春树自信が「村上朝日堂」や他の本で断片的に书かれている彼自信のことをつなぎ合わせて分析を试みました。まだまだ不十分ですが、村上春树の世界を少しでも感じて顶ければ幸いです。まず最初は村上春树が小说が书けると悟った?H神宫球场がある”千駄ヶ谷”からです。

haruki-sendagaya12w.jpg イアン・ブルマの「日本探访」のなかに村上春树とのインタビューが书かれています。特にその中で村上春树が作家になろうと思ったときのことをインタビューしています。「仆は作家になるんだ」と悟って体がふるえた时のことを村上はありありと思い出す。早春の午后の东京だった。日差しは优しく、そよ风が吹き、焼きイカの臭いがしていた。そして、野球ファンの応援の声が闻こえていた。一九七八年四月、村上は二九歳だった。彼は神宫球场の外野席に座って、ヤクルト・スワローズと広岛カープの试合を観戦していた。アメリカ人デーヴ・ヒルトンの来日初打席だった。彼は二塁打を打った。その瞬间村上は、仆は小说を书けると悟った。なぜだかはいまだに分からない。た だ悟ったのだ。その当时、彼は妻の阳子と一绪に东京でジャズバーを経営していた。バーの名は「ピーターキャット」。毎晩店を闭めたあと、村上は台所のテーブルに向かって一时间か二时间书いていた。彼が英语で书きはじめた小说は『风の歌を聴け』だった。」。1978年4月はもっと正确にいうと1978年4月2日(日)のセリーグの开幕戦でした。ここに书かれているデーヴ・ヒルトンは一番バッターで初回に広岛の高桥投手から二塁打を放っています。ですから村上春树は试合が始まった瞬间に悟ったわけです。ちなみに入场者は43千人でヤクルトはこの日ピッチャー安田で3-1で胜利しています。昨年ヤクルトが优胜したとき、毎日新闻10月12日夕刊に「神宫球场の外野席で」というお祝いを书いています。

左の写真は?H神宫球场ライト外野席です。今年3月のヤクルト広岛オープン戦の时の?H神宫球场ライト侧外野席です。どうみてもヤクルトより広岛の応援団の方が多くて残念です。村上春树の「村上ラジオ」を読んでいたら「昔青山に、神宫球场に行く前に立ち寄る鮨屋があった。そこでお弁当に、特制太巻きを作ってもらった」と书いています。この鮨屋さんがよく分からないのですが、たぶんJ「おけいすし」ではないかなと思っています。芸能人ご用达のすし屋として有名なのですが村上春树の鮨屋という确证はまだありません。

和  暦

西暦

年    表

年齢

村上春树、千駄ヶ谷を歩く

作  品

昭和52年 1977 巨人优胜 28 ジャズ吃茶「ピーター・キャット」を千駄ヶ谷に移転  
昭和53年 1978 ヤクルト优胜 29 4月 神宫球场で「仆は小说を书けると悟った」  
昭和54年 1979 広岛优胜 30 5月 「风の歌を聴け」で第23回群像新人文学赏を受赏 风の歌を聴け
昭和55年 1980   31   1973年のピンボール
昭和56年 1981 巨人优胜 32 千叶県船桥市に転居 梦で会いましょう

haruki-sendagaya14w.jpg<?@ピーター・キャット(千駄ヶ谷)>
 昭和49年に国分寺で始めた「ピーター・キャット」を千駄ヶ谷に移転させます。このことを村上春树は「村上朝日堂はいかにして锻えられたか」のなかで前にも书いたけれど、その昔、仆は国分寺でジャズ吃茶を経営していた。ジャズ吃茶といってもそんなにシリアスなのではなくて、気楽にお酒も饮める店だ。自分で言うのも何だけれど、当时としてはなかなか悪くない店だった。でも事情があって都内の千駄ヶ谷に移ることになつた。」とあり、金銭的なことではなくて移ったようです。昭和56年までここでお店をやり、小说を书くためお店を友人に譲ります。

左の写真のビルの二阶に「ピーター・キャット」がありました。友人に譲ったお店は10年ほど前になくなり、现在はJAMAIKAUDON(ジャマイカウドン)という洒落たお酒の饮めるお店になっています。マスターが面白くて楽しいお店です。


haruki-sendagaya16w.jpg<?Aプリンス・ビラ>
 国分寺から「ピーター・キャット」を千駄ヶ谷に移転させた时に村上春树が住んだのがこの「プリンス・ビラ」だと思われます。村上春树の「村上朝日堂はいかにして锻えられたか」の中に『仆は昔千駄ヶ谷にあった「プリンス・ビラ」という木造二阶建てのアパートに住んでいましたが、これは今の天皇が结婚した时に建てられたので、そういう名前になったということでした。狭かったけど、なかなか雰囲気のある可爱いアパートだったですよ。』と书かれています。

右の写真の场所が「プリンス・ビラ」が建っていた所です。残念ながらアパートは现存せず、建て直されてファッション关连会社の建物になっていました。写真には写っていませんがこの建物の右侧に古い木造の建物があり(ぼろぼろですが)、昭和50年前后の雰囲気があります。「ピーター・キャット」からは约300m位のところです。

haruki-sendagaya19w.jpg<?Fナカ理容室>
 「ピーター・キャット」のすぐ侧に千駄ヶ谷商店街があります。「梦のサーフシティー」のなかのホームヘージでこの商店街のことを「こんにちは。千駄ヶ谷の商店街、なつかしいですね。仆はよく明治屋书店で本を买って、近くの床屋でいつも散髪をしていました。でも床屋は予约を受けてないし、仆も家が远くなって、忙しくなったので、さいきんはしょうがなくて予约の取れる美容室に行くようになってしまいました。残念ですが。それからカドの「红叶不动产」が仆の住んでいたマンションの大家さんだったんです。千駄ヶ谷商店街のナカ理容室のみなさんお元気ですか?」と书いています。鸠森神社前の交差点にある?D红叶不动产はそのままですが、E明治屋书店はなくなっています。また床屋については「村上朝日堂の逆袭」のなかでは「仆の行きつけの床屋は千駄ヶ谷にある。仆は今のところ藤沢に住んでいるので、二カ月に三回の割合で小田急のロマンス・カーに乗って、千駄ヶ谷まで髪を切りに来る。……藤沢の前は习志野に住んでいて、このときもやはり片道一时间半かけてこの床屋に通っていたのだ……だからかれこれ八年くらいのつきあいである。…」とも书かれています(なぜ床屋を换えないかについても书かれていますので本を読んでください、おもしろいですよ!)。この千駄ヶ谷の床屋がナカ理容室ですが、上に书かれている通り现在は安西水丸さんの绍介の美容室に行かれているようです(ナカ理容室は现在は予约ができます)。

haruki-sendagaya19w.jpg左上の写真がナカ美容室です。私もナカ理容室に行ってみよかなとも思ったのですが、10数年行きつけの床屋がありまして、结局他の床屋へはいけませんでした(理由は村上春树と同じですね)。このほかには「ところで以前あそこに広岛お好み焼き屋さんがありましたね。覚えておられますか?仆はあそこがけっこう好きだったんですが、いつかなくなってしまいました。それから 「みうら」という、津田ビジネス・スクールの里手に昔あった小さな食堂は、なかなかよかったですね。」とも书いています、お好み焼き屋「お多福」は代々木駅の方に移転(ランチでそば入り肉玉シャンボを食べてきました)、「?Gみうら」は近くの不动产屋に変わっていました。

左の写真は鸠森神社の盆踊り大会(2003年7月)の时に架かっていた”ピーターキャット”の提灯です。石原さんからメールで写真を送って顶きました。ありがとうございました。(私も写真を撮りにいきました)。ピーターキャットが千駄ヶ谷でオープンしていたのは1977年から80年ころですから、20数年前の提灯になるとおもいます。(2003/8/4改版)

haruki-sendagaya20w.jpg<?Cホープ轩>
 村上春树が中华料理が嫌いなのは皆さんよくご存知ですね。「村上朝日堂」のなかで仆はけっこう偏食がちな人间である。……それから中华料理となると一切食べられない。……千駄ヶ谷に住んでいた时分、仆の家の近くのキラー通りに美味いという评判のラーメン屋が二轩并んであって、その前を通ると嫌いなラーメンの匂いがぷんぷんするので、仆は家に帰るのにいつも大変苦労をした。仆の友人はその前を通るたびにラーメンを食べたいという激しい欲望を押さえるのに大変苦労しているそうである。そういう话を闻くとラーメンが好きか嫌いかの违いだけでも人生の様相はかなり変ってくるんだろうなあという気がする。」と书いています。ラーメン屋さんの一轩は有名な「ホープ轩」です(もう一轩は左邻の”コパン”です)。私も「ホープ轩」のチャーシューメン(850円)が大好きです。
 
右の写真がキラー通り(外苑西通り)の「ホープ轩」です。「世界の终わりとハードボイルド・ワンダーランド」にもこの二轩のラーメン屋と床屋(ナカ理容室)が登场します。「私は地上の风景を头に思い浮かべてみた。もし彼女の言うとおりだとしたら、この上あたりに二轩并んだラーメン屋と河出书房とビクター・スタジオがあるはずだった。私の通っている床屋もその近くにある。私はもう十年もその床屋に通っているのだ。「この近くに行きつけの床屋があるんだ」と私は言った。」。よほどラーメン屋と床屋が気になっているのですね。

千駄ヶ谷付近地図



【参考文献】
・风の歌を聴け:村上春树、讲谈社文库
・1973年のピンボール:村上春树、讲谈社文库
・羊をめぐる冒険(上、下):村上春树、讲谈社文库
・世界の终わりとハードボイルド・ワンダーランド(上、下):村上春树、新潮文库
・ダンス・ダンス・ダンス:村上春树、讲谈社文库
・ノルウェイの森(上、下):村上春树、讲谈社文库
・さらば国分寺书店のオババ:椎名诚、新潮文库
・村上朝日堂:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂の逆袭:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂はいかにして锻えられたか:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂 はいほー!:村上春树、新潮文库
・辺境・近境:村上春树、新潮文库
・梦のサーフシティー(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・スメルジャコフ対织田信长家臣団(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・村上春树スタディーズ(01-05):栗坪良树、拓植光彦、若草书房
・イエローページ 村上春树:加藤典洋、荒地出版
・イアン・ブマルの日本探访:イアン・ブルマ(石井信平訳)、TBSブリタニカ
・村上春树の世界(东京偏1968-1997):ゼスト
・村上春树を歩く:浦澄彬、彩流社
・村上春树と日本の「记忆」:井上义夫、新潮社
・象が平原に还った日:久居つばき、新潮社
・ねじまき鸟の探し方:久居つばき、太田出版
・ノンフィクションと华丽な虚伪:久居つばき、マガジンハウス