www.cunshang.net收集整理 最终更新日:2003年12月27日

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●村上春树风 元旦の过ごし方 2002年12月28日 V02L02(写真を更新)

 先周に引き続いて村上春树の「村上朝日堂」を参考にしながら”村上春树风「お正月の过ごし方」”の第二回目として「元日の过ごし方」をお届けします。村上春树の「スルメジャコフ対织田信长家臣団」の中でも、「こんにちは。仆も学生时代に冬休みのあいだほとんど毎日(大晦日も正月も出て)働いてもらったバイトの给料を、そっくりそのまま落としてしまったことがあります。そういうのって、ほんとに悲しいですよね。…仆のところに来てくれたら、仆だって负けず劣らずアホでエッチな冗谈をいっぱい言ってあげたんですが…」、などど书いています。”国分寺でお金のないころに三万円拾った”と読んだ覚えがありますが、お金を落としたこともあるのですね、话题の多いお正月です。

haruki-shogatsu31w.jpg<外苑の银杏并木>
 寒い冬の朝、神宫外苑の银杏并木を白い息を吐きながら歩くのはなんともいえませんね。夜を过ごした二人が歩くのならなお最高です。村上春树は「村上朝日堂」のなかで「…元旦になると早起きして赤坂まで歩く。このへんの雰囲気がとても良い。町がしーんとして、広い通りもがらんとしている。空気がぴりっとしていて、肌がちくちくする。…」、と书いています。この雰囲気は歩いたことのある人でないと分からないとおもいます。だれか二人で歩いてくれる人はいないかな~……(ため息です!!)

左の写真が神宫外苑の银杏并木です。青山通りから絵画馆方向を撮影しました。银杏并木の间に见えるのが絵画馆です。


haruki-shogatsu30w.jpg<絵画馆>
 神宫外苑の絵画馆は正式名称を圣徳记念絵画馆といい、明治天皇・昭宪皇太后お二人の御圣徳を永く后世に伝えるために造営されたこの施设は、神宫外苑のシンボルになっています。ピーターキャットが国分寺から千駄ヶ谷に移ってきたころの村上春树の散歩道は神宫外苑から青山通り、表参道辺りだったようです。元旦木过ごし方で「…絵画馆前から叶の落ちた银杏并木を抜け、青山どおりを左に折れ、…」と书いていますので、千駄ヶ谷から絵画馆、神宫外苑、青山通りと歩くようです。

左の写真が神宫外苑の絵画馆です。写真のとおり、日顷は驻车场になっています。せっかく绮丽な絵画馆なのに写真に车が写ってしまっていてよくありませんね。

/haruki-shogatsu38w.jpg<青山通り>
 ”青山通り”は村上春树の小说に度々登场してきます。「世界の终りとハードボイルド・ワンダーランド(下)」では「…パイプの出口から青山一丁目の駅まではそれほどの距离はなかった。…我々はまず银座方面行きを一台やりすごし、それから渋谷行きをやりすごした。そして青山一丁目の駅のそばまで行って支柱の除からプラットフォームの様子をうかがった。…」、とあります。「ダンス・ダンス・ダンス」では「…いつもだいたい同じコースだった。原宿から神宫球场、青山墓地、表参道、仁丹ビル、渋谷。途中でコーヒーを饮んで休むこともあった。…」、と书かれています。この近所に住んでいたのですから当然なのですが、元旦では、「…青山どおりを左に折れ、东京マラソンで瀬古がゴメスを抜いた例の坂道を下って赤坂に着く。」、とあります。

右の写真がアオヤマツインビルから撮影した赤坂见附方面の青山通りです。この先左侧に豊川稲荷があり、その先が赤坂见附の坂になります。

haruki-shogatsu32w.jpg<豊川稲荷>(写真を入替、追加、03/01/04)
 文政11年(1828)の创建で、もとは赤坂一ツ木町の旧大冈家邸内に有り大冈越前守が信仰したので盗难除けに霊験があるとされています。明治20年に当地に移転しています。村上春树では、「…左手に豊川稲荷があるので、ここにちょっと寄ってまたたこやきなんかを食べる。…」、とあります。2003年のお正月に初诣で豊川稲荷を访ねたのですが、青山寄りの出口の近くに”渋蛸”という”たこ焼屋さん”がありました。渋谷のたこ焼屋ということで、”渋蛸”というのでしょうね。なかなか面白い名前です。たこ焼きは少し硬めで、中に入っている蛸は大きめでした。

左の写真が2003年のお正月に撮影した豊川稲荷です。

haruki-shogatsu34w.jpg<日枝神社>(写真を入替、03/01/04)
 村上春树の「番外 お正月は楽しい(2)」では「…それから、次は日枝神社である。日枝神社でまねき猫を买い、…」、とあります。青山通りから豊川稲荷、赤坂见附、山王の日枝神社と来るわけです。日枝神社は江戸城の镇守として特に徳川家の崇敬が高かったようです。庆応4年(明治元年)から日枝神社と呼ばれるようになったようですが、古くからは「日吉山王社」「日吉山王大権现社」「江戸山王大権现」「麹町山王」と呼ばれていたようで、一般には常に「山王さん」の名で亲しまれています。近年は厄除け・开运招福、商売繁盛・社运隆昌の神として崇敬されています(日枝神社ホームページ参照)。

右の写真はお正月の日枝神社の本殿です。残念ながらまねき猫は売っていませんでした。

haruki-shogatsu35w.jpg<キャピタル东急ホテル(旧东京ヒルトンホテル)>
 日枝神社から次にいこうとすると必然的にキャピタル东急ホテルになります。邻ですから当然ですね。「…ヒルトン・ホテルのティー・ルームでコーヒーを饮む。こういう风にお正月、街なかを散歩していると、东京ってほんとに良いところだなとつくづく思う。空にスモッグがなく、车が少なく、人の数が少ないだけで、とてものびのびとした気持になれる(幸せである。毎日が正月だったら仆は喜んで东京に住みたいのだが、そういうわけにもいかないので今は千叶に住んでいる。…」、赤坂プリンスやニューオータニほど一般的ではないので、普通の人はすこし入りにくいかもしれません。このホテルのティームルームは一阶にあり、さほど大きくありません。でもこのティールームのコーヒーはなかなかです。

左の写真が现在のキャピタル东急ホテル、当时の东京ヒルトンホテルです。名前は変わっていますが中はそのままです。

haruki-shogatsu37w.jpg<乃木神社>
 「梦のサーフシテイ」の”村上の近况 6「97年正月编」”では「…元旦の朝早く赤坂の日枝神社と乃木神社というコースでありました。表参道の屋台で500円のあつあつのたこ焼きを食べました。今年のハヤリは大型タコ入りのやつなんですね。とくになんということもない、平穏で非ドラマチックなお正月でした。…」、とあります。ま、その时々でお正月の过ごし方が违うようです。97年といえば大矶に住んでいたころなのですが、どうなんでしょう、よく分かりません。推测すれば、大矶に家はあったが千駄ヶ谷のマンションでお正月を过ごしていたと考えれば成り立ちます。ここでは最后に乃木神社を参拝しています。

右の写真は乃木神社の正面です。アベックがたくさん歩いていました。一人で寂しかったです。

これで安心して元旦を过ごせますね!!


村上春树风 お正月地図
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【参考文献】
・风の歌を聴け:村上春树、讲谈社文库
・1973年のピンボール:村上春树、讲谈社文库
・羊をめぐる冒険(上、下):村上春树、讲谈社文库
・世界の终わりとハードボイルド・ワンダーランド(上、下):村上春树、新潮文库
・ダンス・ダンス・ダンス:村上春树、讲谈社文库
・ノルウェイの森(上、下):村上春树、讲谈社文库
・さらば国分寺书店のオババ:椎名诚、新潮文库
・村上朝日堂:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂の逆袭:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂はいかにして锻えられたか:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂 はいほー!:村上春树、新潮文库
・辺境・近境:村上春树、新潮文库
・梦のサーフシティー(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・スメルジャコフ対织田信长家臣団(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・村上春树スタディーズ(01-05):栗坪良树、拓植光彦、若草书房
・イエローページ 村上春树:加藤典洋、荒地出版
・イアン・ブマルの日本探访:イアン・ブルマ(石井信平訳)、TBSブリタニカ
・村上春树の世界(东京偏1968-1997):ゼスト
・村上春树を歩く:浦澄彬、彩流社
・村上春树と日本の「记忆」:井上义夫、新潮社
・象が平原に还った日:久居つばき、新潮社
・ねじまき鸟の探し方:久居つばき、太田出版
・ノンフィクションと华丽な虚伪:久居つばき、マガジンハウス