www.cunshang.net收集整理 最终更新日:2003年12月27日


●街头オリエンテーリング(コマ剧场→新宿御苑) 2003年8月2日 V01L01

 今周は昭和57年5月号「太阳」の特集”地図であそぶ”から、村上春树の「坂下のおでん屋コンボイ」を歩いてみたいとおいます。村上春树が”おでん屋コンボイ”を引っ张って歩くというわけではなくて、「太阳」の特集で、まだ新米の村上春树が新宿の街をオリエンテーリングをしながら歩いているのを「太阳」が取材している訳です。

<月刊志「太阳」>
 『太阳』が平凡社から创刊されたのは1963年で、今から40年ほどまえです。翌年の1964年には「东京オリンピック」が开催されようやくカラーテレビが売れ始めたころです。最初は売れなかった様ですが1970年代に入ってビジュアル雑志が増えてきたころから歴史・文学・旅という3つの柱を掲げたことが当たって『太阳』もピークを向かえます。岚山光三郎、筒井ガンコ堂、渡辺直树、斉藤和弘などがいたころで、このころが「太阳」が一番キラキラ光っていたころです。昭和57年の5月号では”地図であそぶ”を特集しており、その中で”街头オリエンテーリング”を企画していて村上春树、野田秀树、阿奈井文彦の三人が歩いています。村上春树は自分自身が最もよく通った新宿を歩いています。「このオリエンテーリングのルールは、●ショルダーバッグの人に会ったら右へ曲がる。●ブーツをはいた人に会ったら左へ曲がる。●帽子をかぶった人に会ったら真直ぐ。制限时间3时间」、いったい何处を歩くのでしょうか、楽しみです。

左上の写真は昭和57年の5月号「太阳」です。村上春树が千駄ヶ谷のピーターキャットを闭めて、千叶に転居し「羊をめぐる冒険」で第4回野间文芸新人奨励赏を受赏したころです。まだまだ新人の作家の顷で、このような取材も断れなかったのでしょう。いまなら絶対受けつけない取材ですね。

村上春树の新宿街头オリエンテーリング地図


新宿コマ剧场>
 月刊志「太阳」の企画、”新宿街头オリエンテーリング 村上春树编”は新宿コマ剧场前から始まります。当然、街头オリエンテーリング记は村上春树が自ら书いています。「歩くのはもともと好きな方で、放つておくと十二时间くらいはぶっとおしで歩いてしまう。……一时前に编集のO嬢とカメラのIさんと新宿・纪伊国屋里の「ダグ」で待ち合わせる。O嬢とIさんは悪性のインフルエンザにかかっていて、少々パテ気味である。仆だけがとても元気がいい。无性に天ぷらソバが食べたい。出発点は新宿歌舞伎町のコマ剧场正面。なぜ歌舞伎町かというと、学生时代にこのあたりでずっとアルバイトをやっていて、なんとなく懐かしかったからである。オールナイトで働いて、ゲーム・センターで时间をつぶして、朝の八时に家に帰つて眠った。もちろん学校なんて行けるわけがない。でも考えてみると学校で学んだことよりは、歌舞伎町のスナックやらゲーム・センターで学んだことの方が役に立ったな。というところで、まず「岛仓千代子特别公演」の广告牌の下で记念撮影。…」。村上春树は大学が早稲田なのでこの辺りでアルバイトをよくしたのだとおもいます。

左上の写真が新宿歌舞伎町のコマ剧场です。「太阳」の写真は版権の关系で掲载できませんが、记述で说明したいとおもいます。「太阳」に掲载している写真と全く同じ构図で撮影しています。村上春树が真ん中に写っていないだけです。ただバックのコマ剧场で公演していたのは”岛仓千代子”ではなくて”大月みやこ”でした。。

歌舞伎町ラブホテル街>
 知っている人は知っているとおもいますが、失礼な言い方かな!!歌舞伎町の周りはラブホテル街です。「右折するとそこはもう白昼のホテル街である。またバッグで右折、とやっているうちにとうとうホテル街をぐるりと一周してしまった。はたから见ていると、夕方のデートの前に良さそうなラブ・ホテルを物色しているように映ったかもしれない。结论から一言うと、この地域には食指が动くようなラブ・ホテルは残念ながら一轩もなかった。御休憩二五〇○円から三〇〇〇円と、场所のいいわりに高くはないのだが、そのぶん全体的にうらぶれている。BGMに千昌夫がかかっていそうな気がする。冷蔵库には三ツ矢サイダーが入っているかもしれない。…」、昭和57年なので、ホテルの料金が安いですね。彼女と入るときは谁かに见られないようにしましょう~ね!

右の写真も「太阳」の写真と全く同じ所で撮影しています。左侧の角に村上春树が立って写っていました。右侧も当时はラブホテルだったのですが、いまは普通のビルになっていました。左侧のラブホテルも外観が変わってしまっています。

白川郷>
 ラブホテル街を回ったあと、白川郷という饮み屋に出会います。「…ブーツの女性に出会って左折、つきあたって右折、とやっているうちに、やっとホテル街から抜け出せた。ここで狸と出会って记念撮影。なかなか良さそうな饮み屋である。今度ゆっくり来ることにしよう。…」、とありますが、実际は上记のルートから少し外れたところにあります。话题性ということで、何处かいい场所はないかと探したのでしょう。取材なんていい加减ですね。このあと村上春树は职安通り出て不动产屋に出会います。现在はコンビニになっているようです。

左上の写真の左侧は白川郷というホテルです。当时は白川郷から民家を移筑して饮み屋としてやっていたようで、店の前に狸の大きな置物があって、その前で村上春树が写真に写っていました。バックに写っているビルで确认しています。。

西向天神杜>
 职安通りから明治通りを超えて永井荷风が住んだ余丁町方面に向かいます。「…坂を上るとひっそりとした神社があった。「西向天神杜」と书いてある。戦没者の石碑もあった。赛銭箱に百円玉を入れ、ばんばんと手を打って拝む。大きな木に鸠が铃なりになって空を眺めている。まるで鸠がなる木みたいに见える。 神社を出てしばらく露路を歩くと猫に会った。いかにも露路里的サバ虎猫である。仆は猫が好きだから、すぐに猫と游んでしまう。东京の里町には実に猫が多く、みんな一所悬命生きている。この猫は首轮をつけた家猫で、従って人なつっこい。…」、村上春树はほんとうに猫が好きですね。

右の写真が西向天神杜です。この写真も「太阳」の写真と全く同じ构図です。真ん中辺りに村上春树が写っていました。


そば屋(小松庵)>
 このあと西向天神杜から明治通り方面に戻ります。その途中で村上春树はそば屋に入ります。「风が出てきて、少し寒くなった。天ぷらソバが食べたい。……。露路をぐるぐるとまわり、やっとソバ屋の前に出る。待望の天ぷらソバである。?Nサイン。しかしひとこと言わせて顶くなら、全体的に少しぬるかったような気がする。だしの最も少ない。天ぷらソバというのは「これじゃ海老もさぞ热かったろうな」としみじみ思うくらい热いのが良い。まあ小松庵の人々も昼食どきが终わったばかりでほっと一息ついていたところなのだろうが、残念である。仆は天ぷらソバに关しては厳格なのだ。…」、ということで、私もこの小松庵さんで天ぷらソバを食べてみました。村上春树と食べる时间を买えて、昼前一番にお店に入り天ぷらソバを食べてみました。そば自体は美味しいのですが、短く切れていてパラパラで、天ぷらも衣が大きくていまいちで、そばに付けても…‥です。残念でした。小松庵さんの横が日清食品本社なのでカップヌードルに负けない様にして下さい。

左上の写真が小松庵さんです。左侧に少し写っているビルが日清食品本社ビルです。天ぷらソバは1200円でした。高かった!

haruki-shogatsu34w.jpg坂下のおでん屋コンボイ>
 ソバを食べてから再び职安通りに戻り余丁町へ歩きます。「…职安通りに戻り、もとの交叉点に出て久左卫门坂を上る。なにかしら资材置场のようなうらぶれた坂だ。盛り场を少し离れただけで、町の印象はこんなにも変わってしまう。坂の下にはおでん屋の屋台がずらりと并んでいる。夜になると、ここから盛り场に向けておでん屋コンボイが発进していくのだ。まさにブレヒトの『三文オペラ』的风景である。坂の途中から西口の高层ビル群がくっきりと见える。ほんの少し歩いただけなのに、ずいぶん远くまで来ちやったなあという気がする。…」、ここで最初のタイトルが出てきます。当时は坂の途中から新宿の高层ビル郡が见えたのですが今は路の间からしか见えなくなっています。

坂下のおでん屋コンボイと同じ位置で写真撮影を使用としたのですが、コンボイが置いてあった空き地にビルが建っており、また交差点の反対侧にもビルが建って全く风景が変わってしまっていました。一応近い所から写真撮影しておきました。右端のビルだけが当时のままでした。

市ヶ谷富久町>
 东京の下町と言うより、新宿の下町と言った方がピッタリ会うような気がします。「まずスナックの广告牌にあった「とんかつ・ヒラメかつ」。ヒラメかつっていったいなんだ?それから昔懐かしい本格的駄菓子屋。入口のガラス戸に「チョコカス入りました」という纸が贴ってある。O嬢がココア・シガレットとか风船ガムとかを五つばかり买って値段は100円。メジャー・メーカーのものは一切なし。実に立派な根性である。…このあたりはもうオバサンと洗濯ものと木造アパートの町だ。ブーツをはいた若い女の子なんて一人もいない。ショルダー・バッグもない。だから蜒蜒とまっすぐ歩く。东京のどまん中だからブーツなんて几らでもお目にかかれるだろうと考えていたこちらの见通しが甘かった。青山通りは东京だけれど、东京は青山通りではないのだ。」、青山通りの件は面白いですね。

左上の写真の自动贩売机の前で村上春树が写真に写っています。右侧はクリーニング屋だったのですが今は闭まっています。

haruki-shogatsu34w.jpg新宿御苑>
 どういうわけか最后は新宿御苑でした。「まっすぐ进むと靖国通りに出て、そこを右折。あれ、また新宿に戻っちゃうの、なんて言っているうちに新宿御苑の门の前で三时间のタイム・アップ。まあ猫にも会えたし、天ぷらソバも食べたし、风船ガムも买えたし、楽しい午后の散歩だつた。それにしてもこんな风に露路から露路へと歩きまわつていると、「都会的」という言叶の意味がまったくわからなくなってくる。まさに「ヒラメかつ」的混沌である。」。丁度いい所で终りますね。

右の写真の真ん中辺りに村上春树が座り込んで写真を撮っています。

これで村上春树の街头オリエンテーリングは终りで~す。


【参考文献】
・风の歌を聴け:村上春树、讲谈社文库
・1973年のピンボール:村上春树、讲谈社文库
・羊をめぐる冒険(上、下):村上春树、讲谈社文库
・世界の终わりとハードボイルド・ワンダーランド(上、下):村上春树、新潮文库
・ダンス・ダンス・ダンス:村上春树、讲谈社文库
・ノルウェイの森(上、下):村上春树、讲谈社文库
・さらば国分寺书店のオババ:椎名诚、新潮文库
・村上朝日堂:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂の逆袭:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂はいかにして锻えられたか:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた:村上春树、新潮文库
・村上朝日堂 はいほー!:村上春树、新潮文库
・辺境・近境:村上春树、新潮文库
・梦のサーフシティー(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・スメルジャコフ対织田信长家臣団(CD-ROM版):村上春树、朝日新闻
・村上春树スタディーズ(01-05):栗坪良树、拓植光彦、若草书房
・イエローページ 村上春树:加藤典洋、荒地出版
・イアン・ブマルの日本探访:イアン・ブルマ(石井信平訳)、TBSブリタニカ
・村上春树の世界(东京偏1968-1997):ゼスト
・村上春树を歩く:浦澄彬、彩流社
・村上春树と日本の「记忆」:井上义夫、新潮社
・象が平原に还った日:久居つばき、新潮社
・ねじまき鸟の探し方:久居つばき、太田出版
・ノンフィクションと华丽な虚伪:久居つばき、マガジンハウス
・仆たちの好きな村上春树:宝岛别册
・村上春树の読み方:久居つばき、くわ正人、雷韵出版
・鼠の心:高桥丁未子、北宋社
・太阳 昭和57年5月号、平凡社