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“村上春树的森林”渡边制作        
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ダンス・ダンス・ダンス

それは恐ろしいほどの完璧な暗闇だった。
何ひとつとして形のあるものを識別することができないのだ。自分自身の体さえ見えないのだ。そこに何かがあるという気配さえかんじられないのだ。そこにあるものは黒色の虚無だけだ。
そんな真の暗闇の中では自分の存在が純粋に観念的なものに思えてくる。肉体が闇の中に溶解し、実体を持たない僕という観念がエクトプラズムのように空中に浮かびあがってくる。僕は肉体から解放されているが、新しい行き場所を与えられてはいない。僕はその虚無の宇宙を彷徨っている。悪夢と現実の奇妙な境界線を。
僕はしばらくそこにじっと立ちすくんでいた。体を動かそうにも、手足は麻痺したように本来の感覚を失っていた。まるで深海の底におしこまれたみたいだった。濃密な闇が僕に奇妙な圧力を加えていた。沈黙が僕の鼓膜を圧迫していた。僕はなんとか少しでも暗闇に目を馴らそうとした。でも無駄だった。時間が経てば目が馴れるというような生半可な暗闇ではないのだ。完全な暗闇だった。黒色の絵具を幾重にも幾重にも塗り重ねたような深く隙のない闇だった。僕はポケットを無意識に探ってみた。右のポケットの中には財布とキイ・ホルダーが入っていた。左の方には部屋のカード・キイとハンカチといくらかの小銭。でもそんなものは闇の中では何の役にも立たない。僕は煙草をやめたことを初めて後悔した。煙草をやめていなければ、そこにはライターなりマッチなりがあったはずなのだ。でも今そんなことを悔やんでも仕方無い。僕はボケプトから手を出し、壁のありそうな方に伸ばしてみた。闇の奥に僕は固い縦の平面を感じた。壁がそこにあった。壁はつるりとして冷やかだった。ドルフィン・ホテルの壁にしては冷たすぎる。ドルフィン・ホテルの壁はこんなに冷たくない。エアコンがいつも穏やかな温度に空気を保っているからだ。落ち着いてゆっくりと考えよう、と僕は自分に言い聞かせた。
落ち着いて考えるんだ。
まずだいいちにこれはあの女の子が遭遇したのとまったく同じ事態なのだ。僕はそれをなぞっているだけなのだ。だから脅えることはないのだ。彼女だって一人でちゃんとこの状況を切り抜けたのだ。もちろん僕にだってできる。できないわけはないのだ。だから落ち着くんだ。彼女がやったのとまったく同じように行動すればいいのだ。このホテルには何かしら奇妙なものが潜んでいるし、それはおそらく僕自身にも関わっていることなのだ。このホテルは間違いなくどこかであのいるかホテルと繋がっているのだ。だからこそ僕はここに来たのだ。そうだろう?そうだ。彼女と同じように行動し、そして彼女が見なかったものを見届けなくてはいけないのだ。
怖いか?
怖い。
やれやれ、と僕は思った。冗談抜きで怖いのだ。丸裸にされたような気がする。嫌な気分だ。深い暗黒は暴力の粒子を僕のまわりに漂わせている。そして僕はそれがうみへびのように音もなくするすると近寄ってくるのを見ることさえできないのだ。救いようのない無力感が僕を支配している。体中の毛穴という毛穴が直に暗闇に曝されているような気がする。シャッが冷たい汗でぐっしょりと濡れている。喉がからからになる。唾を飲み込むのにすごく骨が折れる。
ここはいったい何処なんだろう?ドルフィン・ホテルではない。絶対に違う。それだけは間違いない。ここはどこか違う場所なんだ。僕は何かを踏み越えて、この奇妙な場所に入り込んでしまったのだ。僕は目を閉じて大きく何度か深呼吸した。
馬鹿みたいな話だけれど、ポール・モーリア・グランド・オーケストラの『恋は水色』が聴きたかった。今あのBGM音楽が聞こえたらどんなに幸せなことだろうと思った。どんなに元気づけられることだろう。リチャード・クレーダーマンだっていい。今なら我慢できる。ロス・インディオス・タバハラスだって、ホセ・フェリシアーノだって、フリオ・イグレシアスだって、セルジオ・メンデスだって、パートリッジ・ファミリーだって、1910フルーツ・ガム・カンパニーだって、なんだっていい。なんだって今なら我慢する。なんでもいから音楽が聴きたかった。あまりにも静かすぎるのだ。ミッチ・ミラー合唱団だって我慢する、アンディー・ウィリアムズとアル・マルティーノがデュェットで唄っても我慢する。
もうよせ、と僕は思った。下らないことを考えすぎる。でも何か考えないわけにはない。何でもいいのだ。頭の中の空白を何かで埋めてしまいたいのだ。恐怖のせいだ。空白の中 に恐怖が忍び込んでくるのだ。
焚き火のまえでタンバリンを叩いて『ビリージーン』を踊るマイケルジャクソン。らくだたちでさえうっとりとそれに聴きほれている。
頭が少し混乱している。
アタマガスコシコンランシテイル。
僕の思考が暗闇の中で軽くこだまする。思考がこだまするのだ。
僕はもう一度深呼吸して、頭から無意味なイメージを放逐する。いつまでもこんなことを続けているわけにはいかない。行動に移らなくてはならない。そうだろう?そのために僕はここに来たんじゃないか?
僕は腹をきめて、暗闇の中を手探りでゆっくりと右に向けて歩き始めた。でもまだ足が上手く動かない。自分の足じゃないような気がする。筋肉と神経が上手く連動していないのだ。僕は足を動かしているつもりなのだが、実際には足は動いていない。暗黒の水のような暗闇が僕をすっぽりと包んで逃がさない。どこまでもどこまでもその暗闇は続いている。地球の芯まで。僕は地球の芯に向かって進んでいるのだ。そしてそこに行くと、もう二度と地上にもどりつくことはできないのだ。何か別のことを考えよう、と僕は思った。何か考えないことには恐怖がどんどん体を支配していく。映画の筋の続きを考えよう。何処まで話が進んだんだっけ?羊男の出てくるところまで。でも砂漠のシーンは今のところはそれで終わり。画面はまたファラオの宮殿に戻る。きらびやかな宮殿。アフリカ中の富がそこに集められている。ヌビア人の奴隷がそこらじゅうにかしこまっている。その真中にファラオがいる。ミクロス・ローザみたいな音楽が流れている。ファラオは明らかに苛立っている。「エジプトで何かが腐っている」と彼は思う。「それもこの宮殿で、何か間違ったことが進行している。私はそれをはっきりと感じる。それを正さねばならない」
僕は一歩一歩注意深く足を前に出す。そして思う。あの女の子によくこんなことが出来たものだと、僕はまったく感心してしまう。わけのわからない真っ暗闇に突然放り込まれ、その闇の奥に何があるか一人で確かめに行くなんて。僕でさえーーこういう異空間的な闇が存在するという話を前もって聞かされていた僕でさえーーこれほど脅えているというのに。もし何の予告もなくこの闇の中に一人で放り出されていたら、僕は前に進もうなんていう気にはまずなれなかっただろう。きっと僕はエレベーターの前に立ちすくんでじっとしていたことだろう。
僕は彼女のことを考えた。彼女が競泳用の黒いつるりとした水着を着て、スイミング・スクールで泳ぎを習っているところを想像した。そしてそこにも映画俳優をやっている僕のかっての同級生がいた。そして彼女も彼に失神するくらい憧れていた。彼がクロールの右手の伸ばし方について注意すると、彼女はうっとりとした目で僕の友達を見た。そして彼女は夜になると彼のベッドにもぐりこんでいった。僕は悲しかった。傷つきさえした。そんなことしちゃいけない、と僕は思った。君には何もわかっちゃいないんだ。彼は感じが良くて親切なだけなんだ。彼は君にやさしい言葉をかけて、君をいかせてくれるかもしれない。でもそれはただ親切なだけなんだよ。それはただ単なる前戯の問題なんだよ。
廊下が右に折れていた。
彼女の言ったとおりだった。でも僕の頭の中で、彼女はその僕の同級生と寝ていた。彼は彼女の服を優しく脱がせ、体の部分部分を全部ひとつひとつ褒めた。それも本心で褒めていた。やれやれと僕は思った。まったく感心しちゃうね。でもそのうちにだんだん腹が立ってきた。そんなの間違っていると僕は思った。
廊下が右に折れていた。
僕は壁に手を触れたまま右に曲がった。遠くに小さな光が見えた。いくつものヴェールを通してこぼれてくるようなぼんやりとした小さな光。
彼女の言ったとおりだ。
僕の同級生は彼女の体に優しくくちづけをしていた。首筋から肩から乳房へとゆっくりと。カメラは彼の顔と彼女の背中を映している。それからくるりとカメラは回転する。そして彼女の顔を映す。でもそれは彼女ではない。ドルフィン・ホテルのフロントの女の子ではない。それはキキの顔なのだ。昔僕といるかホテルに泊まった、素敵な耳を持った高級娼婦のキキ。何も言わずに僕の人生から消えてしまったキキ。僕の同級生とキキが寝ているのだ。それは実際の映画のシーンのように見える。カット割りがきちんとしている。いささかきちんとしすぎている。凡庸と言ってもいいくらいに。彼らはアパートの一室で抱き合っている。窓のブラインドから光が入っている。キキ。どうしてここに突然あの子が出てくるんだ?時空が混乱している。
ジクウガコンランシテイル。
僕は光に向かって進んだ。足を踏みだすと頭の中のイメージがすうっと消えた。
フェイドアウト。
僕は沈黙の暗闇の中を壁に沿って進んだ。僕はそれ以上何も考えないことにした。考えたって仕方ない。ただ時間を引き伸ばしているだけのことだ。何も考えず、足を前に出すことだけに集中するのだ。注意深く、確実に。光が仄かにあたりを照らしている。でもそこがどういう場所なのかが見定められるほど明るくはない。ただドアが見えるだけだ。見覚えのないドア。そう、彼女の言ったとおりだ。古い木製のドア。そこには番号の札がついている。でもその数字までは読みとれない。暗すぎるし、札も汚れている。いずれにせよここはドルフィン・ホテルではない。ドルフィン・ホテルにこんな古いドアが存在するはずがない。そして空気の質も違う。この臭いはいったい何だろう?まるで古い紙の臭いのようだ。光が時折ふらふらと揺れた。たぶん蝋燭の光なのだろう。
僕はドアの前に立って、しばらくその光を見ていた。そしてまたあのフロントの女の子のことを考えた。彼女とあの時寝ておくべきだったかな、とふと思った。僕はあの現実の世界にまた戻ることができるのだろうか?そして僕はまたあの子とデートすることができるのだろうか?そう思うと僕は現実の世界やらスイミング・スクールやらに対して嫉妬した。あるいはそれは正確には嫉妬じゃないのかもしれない。それは拡大され歪められた後悔の念かもしれない。でも外見的にはそれは嫉妬にそっくりだった。少くとも真暗闇の中では嫉妬そのものみたいに感じられた。やれやれ、どうしてこんなところで嫉妬を感じたりするのだ。何かに嫉妬するなんて、ものすごくて久し振りのことだった。僕は嫉妬という感情を殆ど感じることのない人間なのだ。何かに嫉妬するには僕はたぶんあまりにも個人的すぎるのだ。でも今、僕は驚くほど強い嫉妬を感じていた。それもスイミング・スクールに対して。
馬鹿気てる、と僕は思う。どこの誰がスイミング・スクールに嫉妬する?そんな話聞いたこともない。
僕は唾を飲み込んだ。ドラム缶を金属バットでジャスト・ミートしたような大きな音がした。ただ唾を飲み込んだだけで。
音が奇妙な響き方をしているのだ。彼女が言っていたように。そう、僕はノックしなくちゃならないんだ。ノックするんだよ。そして僕はノックしてみた。ためらわずに思いきって。小さくこんこんと。聞こえなければいいのに、というくらい小さな音で。でも出てきた音は巨大だった。その音はまるで死そのもののように重く、冷たかった。
僕は息を止めて待った。
しばらく沈黙があった。彼女の時と同じだ。どれくらいの時間かはわからない。五秒かもしれないし、一分かもしれない。暗闇の中では時間がはっきり定まらない。揺れ動き、引き伸ばされ、凝縮する。その沈黙の中で僕自身も揺れ動き、引き伸ばされ、凝縮する。時間の歪みに合わせて僕自身も歪むのだ。ビックリハウスの鏡に写る像のように。
それからその音が聞こえた。かさこそという誇張された音。きぬずれの音だ。何かが床から立ち上がる。そして足音。それはこちらに向かってゆっくりとやってくる。スリッパをひきずるようなさら、さら、という音。何かがやってくる。何か人間でないもの、と彼女は言った。彼女の言うとおりだった。それは人間の足音ではなかった。何か別のものなのだ。現実には存在しない何かーーでもここでは存在している。
僕は逃げなかった。汗が背中をつたって流れていくのが感じられた。でもその足音が近づいてくるにつれて、奇妙なことに僕の中の恐怖は逆に少しずつ薄らいでいった。大丈夫、と僕は思った。これは邪悪なものではない。僕はそれをはっきりと感じることができた。何も怖がることはない。流れに身を任せればいいのだ。大丈夫。僕は温かい体液の渦の中にあった。僕はドアのノブをしっかりと握りしめ、目を閉じ、息を止めていた。大丈夫。怖くない。僕は暗闇の中で巨大な心音を聞く。それは僕自身の心音だ。僕自身の心音の中に僕が包まれ、含まれている。何も怖がることはない、と僕自身が言う。ただ繋がっているだけなのだ。
足音が止まった。それは僕のすぐそばにいた。そして僕を見ていた。僕は目をとじていた。繋がっている、と僕は思った。僕はあらゆる場所に繋がっていた。ナイルの岸辺や、キキや、いるかホテルや、古いロックンロールや、何もかもに。香料を塗りたくったヌビア人の女官たち。かちかちと時を刻む爆弾。古い光、古い音、古い声。
「待ってたよ」とそれは言った。「ずっと待ってた。中に入りなよ」
それが誰なのか目を開けなくてもわかった。
羊男だった。

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